◆第69回(今年の振り返りと来年に向けて)

今回は、2025年に発信してきたブログを振り返り、その総括を行いたいと思います。

本ブログでは一貫して、「DX投資の成否を分けるインタンジブルな領域」――すなわち、組織能力・思考様式・風土といった見えにくい要素に焦点を当ててきました。

1. 共通メッセージ(正解より学習、制度よりナラティブ)

今年のブログを貫く中核的な主張は、DXの成否はIT投資そのものではなく、それを活かし続けられる組織能力・思考様式・風土によって決まる、という一点にあります。

具体的には、以下の3点を繰り返し、さまざまな角度から論じてきました。

①日本企業は「急性疾患」ではなく「慢性疾患」に直面している

  • 問題の本質は、個別施策や制度不備ではなく、構造的無能化・思考の硬直・学習不全という「組織の体質」にある
  • 表層的なDX施策では回復せず、生活習慣(=組織習慣)そのものの見直しが必要

②価値の源泉は「効率」から「知識創造・学習」へ移行している

  • 工業化社会: 標準化・計画・効率・最適化
  • 知識社会: 仮説・試行・失敗・学習・意味づけ
  • この転換に対応できない組織では、ITが「生産性向上ツール」で終わる

③変革を可能にする鍵は「人と関係性」にある

  • 変革は制度ではなくナラティブ(語り)から始まる
  • 他者の視点・価値観・制約を理解する力
  • 失敗(挑戦)を認める心理的安全性
  • 試行錯誤を価値に変える学習文化

2. 提言し続けた論点(課題の構造・今後の方向性)

  • ビジョナルなリーダー
  • 両利きの経営/演繹思考
  • ナラティブ・アプローチ
  • 物語るリーダー
  • テスト&ラーン
  • 現場再生
  • VSR理論(変異と適応)
  • IT×組織能力
  • ダイナミック・ケイパビリティ

一見すると、理論紹介、組織論、リーダー論、DX論が混在しているように見えるかもしれません。しかし本ブログでは、これらを一本のストーリーとして結び直すことを試みてきました。

① 出発点:DXが進まない本当の理由

  • DXが進まないのは技術不足ではない
  • 問題は、「問題を問題として捉え直す力」が組織から失われていること

② 思考の転換:計画・正解主義からの脱却

  • 帰納思考だけでは新しい価値は生まれない
  • 仮説を立て、意味を問い、試す「演繹思考」が必要
  • しかし演繹思考は不安定で不確実

  ⇒ 組織に心理的抵抗が生じる

③ 人と関係性:抵抗を越える唯一の方法

  • 抵抗は「怠慢」ではなくナラティブの違い
  • 相手の世界観・制約・恐れを理解しない変革は必ず失敗する

  ⇒ だからこそ「ナラティブ・アプローチ」・「U理論」・「共感と対話」のような理論が登場している

④ 実践の中核:テスト&ラーンという組織習慣

  • 不確実な環境では「正解」は事前に存在しない
  • 価値は、「試す」⇒「振り返る」⇒「学習する」という循環から生まれる

  ⇒ しかし日本企業では、「失敗=責任」・「評価低下」の文化が学習を強く阻害している

<参考図>

 

⑤ 現場再生:DXの本丸はここにある

  • 経営の思想転換だけでは不十分
  • 制度設計だけでも足りない

  ⇒現場のマインドセットと行動様式の再生がなければ、「パーパス」も「バリュー」も「IT投資」も形骸化する

⑥ 到達点:IT×組織能力という競争優位の方程式

  • ITは「競争優位」そのものではない
    • ITは、「学習」、「再構成」、「適応」を加速させる触媒
  • それを可能にするのが、ダイナミック・ケイパビリティ
    • その源泉は、「人」、「関係性」、「思考様式」、「組織風土」にある

<参考図>

3. 来年に向けて

改めて1つの問いに集約すると、次の一文になります。

DXとは「何を導入するか」ではなく、「学び続けられる組織へと変わり続けられるか」という問い

そして、この問いに真正面から向き合うために、以下の点を多面的に描こうともがき続けた1年でした。

  • リーダーのあり方
  • 思考回路の更新
  • ナラティブと関係性
  • 失敗との向き合い方
  • 現場再生

それは、DXという言葉の裏側にある「組織のあり方」そのものでした。システムを導入し、データを活用し、AIを実装しても、なぜ成果に結びつかないのか。その答えは、技術の外側――人の思考、関係性、学習の仕組み、そして組織が紡いできた物語の中にある、という点に何度も立ち返ってきました。

DXは、一度きりの改革プロジェクトではありません。不確実性を前提に、仮説を立て、試し、失敗から学び、意味づけを更新し続ける「生き方」そのものです。だからこそ、DXの成否は、最新技術の選定ではなく、学び続ける力を組織が取り戻せるかどうかにかかっています。

本質的な変革は、制度やスローガンでは起こりません。

他者の視点を理解し、語り直し、試行錯誤を許容し、現場の行動様式を少しずつ変えていく。その地道な積み重ねこそが、ITを単なる効率化ツールから、競争優位を生み出す触媒へと変えていきます。

今年は、「なぜDXは人・組織・風土に行き着くのか」を掘り下げる一年でした。来年は、この問いをさらに一歩進め、「DXを成果に変える組織の条件 ― 思想から実装へ」をテーマの中心にしていきたいと考えています。その意味で、今年は「なぜDXは人・組織・風土に行き着くのか」の解明でした。対して来年は「では、それをどう設計し、どう動かし、どう判断していくのか」という実践の領域に踏み込んでいければと考えています。

観点の変化を対比したものが、以下になります。

観点今年来年
主眼<問題提起・構造理解>
課題を明らかにし、その全体像を把握する ことに焦点をあてる
<設計・実装・判断>
必要な対策を具体化して実行し、適切な 判断を行えることに焦点をあてる
メッセージ<共感・気づき>
関係者の感情に寄り添い、新たな発見を 促すことを目指す
<実践・腹落ち>
行動を通じてともに学び、実際に体得できる ことを目指す
トーン<思索的>
物事を深く考え、本質を追求する姿勢を 重視する
<実務と哲学の往復>
日常業務と根本にある理念との間を行き来 する姿勢を重視する

DXとは、「何を導入するか」ではなく、「どんな組織であり続けるのか」という選択です。このブログが、その選択について考え続けるための思考の補助線となれば。そう考えています。

 今年も1年ありがとうございました。

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