◆第63回(変わる価値の源泉、問われる現場の再生力)

社会環境の変化に伴い、個人の価値観や組織のあり方にも変化が生じています。そして、これらがビジネスに与える影響は、非常に大きなものとなっています。中でも私が特に影響が大きいと考えているのは、企業が生み出す「価値の源泉」が根本的に変化しているという点です(下図ご参照)。

これまでの工業化社会における価値の源泉は「製品・サービスの生産効率」でした。標準化とルールがモノを言う世界です。この部分が、デジタル基盤の進展に伴って、「知識創造の量と質」に移行していると考えているためです。しかし組織に深く浸透している従来の感性は、この根源的な変化に適応することが難しい。

 このような認識に基づいて、企業経営への影響を「Why/より処」・「What/戦略」・「How/バリュー」の観点から整理したものが以下の図です。

従来、ビジネスモデルや競争環境が限られていたこともあり、「ビジョン」がより所/Whyとして機能していました。それを具体化した中期経営計画がベースになっていたと思います。そして、その道筋を具体化した戦略/Whatに基づいて、それに適したバリュー/Howが形成されていました。

一方、知識社会への転換が進む中で、企業はビジョンの策定や中期経営計画の立案が難しくなるほど、社会・経済環境の不確実性に直面しています。そこで、やや人の根源的な部分に問い掛ける「ミッション」に力点が置かれるようになっています。言い換えると、全てではありませんが戦略を立てて計画的に進めるスタイルは、時代にそぐわなくなりつつある。このため「戦略/What」ではなく、「より所/Why」と「バリュー/How」の2つに重みを置いた経営スタイルに移行しつつある。そう考えています。

 より所/Whyとなる「ミッション」は「パーパス」とも言われますが、私は「ミッション」は外向きのもの、「パーパス」は内向きのものだと解釈しています。ミッションが「自分たちは社会にとって何ものなのか」の宣誓であるのに対して、パーパスは「自分たちは社会の中でどうありたいのか」を改めて定義し、社員に働く意味を問うものだと捉えているためです。いずれにしても定義するだけではなく、それを社員に浸透させつつ個人のやりがいや働きがいに繋げていく取り組みが必要です。知識社会への転換を通して、労働時間と創出する価値が比例しなくなった点も背景にありますが、それ以上に多様性を増す社会ゆえに、一人ひとりのより所となる「ミッション≒パーパス」が強く求められるのだと思います。

 経営サイドのみならず、現場サイドでもインパクトが大きいのが、もう一方のバリュー/Howです。従来の「効率重視」の制度やルールを見直す過程で、一見「非効率」に感じられる変化を伴うためです。優先されてきた前例や他社動向に基づく判断で予見可能性を高めるのではなく、自らトライしつつリスクをとってそこから学んでいくステップが必要になる。「言うは易く行うは難し」という典型的かつ根本的な違いがあるためです。

加えてバリュー/Howの浸透・定着に向けては、従来「社員を会社の色に染める」ことに主眼が置かれていました。採用・教育や人事評価の諸制度、就業規則もそれを企図していました。この部分を大きく転換していく必要があるためです。

 ここで問題になるのが、現場のマインドセットであり、企業風土となっている(なってしまっている)「失敗を許容しない文化」だと強く感じています。日ごろの活動を通して、この部分の根深さ・強力さを痛感しています・・・。より所/Whyとなる「パーパス」の浸透にも影響しますが、バリュー/Howの根底にあるテスト&ラーンの取組みに大きく反作用の影響を与えているためです(下図ご参照)。

「環境変化」に関しては皆が頭で理解しています。それに基づく「行動変容」に向けた施策も繰り返し発信されています。しかし、この発信だけでは機能しないケースが多い。組織の深層に眠る「マインドセット」が大きな障壁として立ちはだかっているためです。バブル崩壊後の市場の成熟による影響も受けていますが、それよりも旧来の効率を追求する(悪い部分の)感性・価値観が残存している。ここが、これからの知識社会で求められるバリュー/How(テスト&ラーン)に対して真逆の価値観として現場に深く浸透しているためです。

 このため(以下の図は私がよく用いているものですが)、欠落しやすいピースである『現場再生』にこそ目を向け、この深層に眠る「マインドセット」の変革に対峙していく必要が高まっている。

 いい会社ほど、経営層やマネジメント層によって、これからの社会(知識社会)に向けた「基本思想」や「制度・仕組み」の転換が積極的に進められています。社内外への発信も多い。しかし、本丸は現場。実質的に推進する現場への働きかけ(現場再生)もセットで進めることで、これからの時代に求められる新たなバリュー/How形成を進めるべき。なぜならば「失敗を許容しない」というマインドセットは、とても根深いため。だからこそ、この領域に対しても、適切な手立てを講じる必要がある。そう強く感じています。

<補足:参考文献に関して>

1. 知識社会への移行と価値創造の変化

(1) 書籍

①ピーター・ドラッカー『ポスト資本主義社会』

→ 知識労働の重要性と、知識が経済の中核になる時代を見据えた名著。特に「知識は生産手段であり、資本でもある」という視点は、価値の源泉の変化を捉えています。

②野中郁次郎・竹内弘高『知識創造企業』(The Knowledge-Creating Company)

→ 「暗黙知→形式知」の変換プロセスや、SECIモデルなど、知識創造のフレームワークが豊富。組織の価値創出を「知のダイナミズム」として捉えた代表作です。

(2) 学術論文

①Nonaka, I., & Takeuchi, H. (1995). The Knowledge-Creating Company.

→ 書籍と同名ですが、複数の論文もあり、組織内の知識創造プロセスの論拠を提供しています。

2. ミッション・パーパス経営とその違い

(1) 書籍

①サイモン・シネック『WHYから始めよ!』(Start with Why)

→ 「Why(目的)」を軸にしたリーダーシップと組織のあり方を提唱。ミッションに基づく経営理論と非常に親和性が高い内容です。

②ニック・クレイグ『パーパス・リーダーシップ』

→ パーパスを内的動機として捉え、リーダーシップと従業員エンゲージメントを紐づける考察内容になっています。

(2) 学術論文

①Gartenberg, C., Prat, A., & Serafeim, G. (2019). “Corporate Purpose and Financial Performance”, Organization Science

→ パーパス経営が企業業績や従業員のエンゲージメントにどのような影響を与えるかを分析しています。

3. 現場マインドセット・企業文化・学習する組織

(1) 書籍

①エドガー・シャイン『企業文化とリーダーシップ』(Organizational Culture and Leadership)

→ 組織文化がどのように形成・維持され、変革されるのか。現場のマインドセットを語る際の古典的名著です(今年、第5版が出版)。

②ピーター・センゲ『学習する組織』(The Fifth Discipline)

→ テスト&ラーン文化、システム思考、継続的学習など、現場のマインドセット変革に必要な考え方が豊富です。

③加藤雅則『組織開発の探究』

→ 日本企業の現場での風土・変革を扱っており、失敗許容文化・現場再生に触れた実証的な事例が多く解説されています。

(2) 学術論文

①Argyris, C. & Schön, D. A. (1978). Organizational Learning: A Theory of Action Perspective.

→ 行動科学に基づく「シングルループ/ダブルループ学習」理論は、失敗から学ぶ企業文化づくりの理論的基盤になっています。

②Edmondson, A. (1999). “Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams”, Administrative Science Quarterly

→ 「心理的安全性」と「テスト&ラーン」の実践的関連を研究した非常に有名な論文です。

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