◆第71回(なぜ“正しいDX”ほど失敗するのか ― ロジックと人間の断絶)
1. はじめに
DXの提案資料を見ると、ほとんどの場合こう書かれています。
- 業務効率〇%改善
- コスト削減〇億円
- 競争優位の確立
どれも、間違いなく正しい。むしろ、経営的には“やらない理由がない”ほど合理的です。
それでも、現場に降りてみると、こんな声が聞こえてきます。
- 「言っていることは分かる。でも正直、やりたくない」
- 「これ、現場の実態と合ってないよね」
- 「また上が決めたやつか…」
なぜでしょうか。
“正しい”はずのDXほど、なぜ止まってしまうのか。
今回は、その構造を掘り下げてみたいと思います。
2. 正論が現場で止まる構造
経営会議では、こんなやり取りがよくあります。
- 「このシステムを入れれば、作業時間が30%減る」
- 「競合もすでに導入している」
- 「ROIも出ている。やらない理由はない」
論理的には完璧です。
しかし現場では、まったく違う反応が起きます。
- 「確かに効率は上がるかもしれない」
- 「でも、うちの業務はそんなに単純じゃない」
- 「結局、負担が増えるのは自分たちだ」
ここで起きているのは、ロジックと人間の断絶です。

3. 人は「正しさ」では動かない
私たちはつい、「合理的に説明すれば、人は動く」と思いがちです。でも、現実は違います。
人は、
- 自分の経験
- これまでの成功体験
- 怒られた記憶
- 評価された・されなかった体験
こうした過去の物語(ナラティブ)を通して、物事を判断します。つまり、人はロジックではなく、自分の物語で世界を見ているのです。
だから、
- いくら正しくても
- いくら合理的でも
「自分の物語」と接続しない施策は、拒否反応を生む。
これが、“正しいDX”ほど止まる理由です。
4. 合意形成ではなく「腹落ち形成」
多くの組織は、改革の際に「関係者の合意を取ろう」とします。しかし、合意が取れたからといって、人は本気で動くでしょうか。
多くの場合、
- 表面上は賛成
- 会議では異論なし
- でも現場では動かない
という現象が起きます。
これは、合意はしているが、腹落ちしていない状態です。

腹落ちとは、以下を3つとも満たす状態です。
- 自分の言葉で説明できる
- なぜやるのか、納得している
- 自分の選択だと感じている
DXに必要なのは、合意形成ではなく、腹落ち形成です。
5. 「抵抗」は怠慢ではない
改革が進まないと、ついこう言いたくなります。
- 「現場が保守的だ」
- 「変化を嫌っている」
- 「意識が低い」
でも私は、そうは思いません。
現場の抵抗の多くは、
- 怠慢
- やる気不足
ではなく、“自分たちが守ってきたもの”への恐れです。
- 品質を落としたくない
- お客さんに迷惑をかけたくない
- 失敗して評価を落としたくない
それらは、むしろ真面目さの裏返しです。
そこを無視して、「とにかくやれ」と押し切れば、表面的には動いても、魂は動かない。
6. ロジック×ナラティブという視点
では、どうすればよいのでしょうか。
答えはシンプルです。
ロジックだけでなく、ナラティブを扱うことです。
具体的には、
- なぜ不安なのか
- 何を失うと思っているのか
- 何を守ろうとしているのか
をちゃんと聴く。
そして、
- 経営が見ている景色
- 現場が見ている景色
そのギャップを言語化する。 DXは、「説得」ではなく、「翻訳」の仕事なのです。

7. 正しいDXを「動くDX」に変える
ここまでの話をまとめると、DXが止まる理由は、
- 施策が悪いから
- 技術が足りないから
ではなく、
“人の物語”と接続していないからです。
だから、
- ロジックで殴らない
- 現場の感情を軽視しない
- 「分かるけど…」の裏を聴く
この姿勢が不可欠になります。

8. おわりに
DXとは、 「正しいこと」をやる活動ではなく、「人が動く形」に翻訳する活動です。
次回は、「DXを動かす組織は、なぜ“曖昧さ”を許すのか」について掘り下げていきます。
管理しすぎるほど、なぜ組織は弱くなるのか。その構造を解き明かします。

