◆第72回(DXを動かす組織は、なぜ「曖昧さ」を許すのか ― 管理しすぎると学習は死ぬ)

1. はじめに
DXを進めようとすると、必ず出てくる言葉があります。
- 「ルールを明確にしよう」
- 「役割と責任をはっきりさせよう」
- 「判断基準を統一しよう」
どれも、組織運営としては正論です。
しかし、DXがうまく進んでいる組織をよく観察すると、ある違和感に気づきます。
それは、成果を出している組織ほど、最初から細かく決めていない という事実です。
なぜDXを動かす組織は、あえて「曖昧さ」を残すのでしょうか。
2. 管理を強めるほど、DXは止まる
DXが進まない企業ほど、次のような反応を示します。
- 失敗が怖い
- 統制が効かなくなるのが不安
- 現場が勝手に動くのを避けたい
その結果、
- 事前にすべてを決める
- 承認プロセスを増やす
- ルールで縛る
という方向に進みがちです。
しかし皮肉なことに、管理を強めるほど、DXは止まる という現象が置きます。
なぜでしょうか。

3. DXが扱うのは「正解のない仕事」
DXの本質は、既存業務の効率化だけではありません。
- これまでにない価値を探る
- 新しいやり方を試す
- うまくいかない前提で学ぶ
つまりDXが扱うのは、正解が事前に分からない仕事 です。
にもかかわらず、
- 事前に正解を決めようとする
- 計画通りに進めることを求める
これでは、学習が起きる余地がありません。
4. 「曖昧さ」とは、無秩序ではない
ここで誤解してはいけないのは、「曖昧さ = 何でも自由」ではない、という点です。
DXを動かす組織が許容しているのは、
- 目的は共有する
- 手段は固定しない
- 途中で変えてよい
という設計された曖昧さです。
- どこを目指すのかは明確
- どう行くかは現場に委ねる
この状態が、人を動かします。

5. 両利きの経営という視点
ここで重要になるのが、いわゆる両利きの経営です。
- 既存事業:効率・再現性・安定
- 探索領域:試行・失敗・学習
この2つは、同じ管理手法では回りません。
しかし多くの企業では、探索領域にも既存事業と同じ管理ルールを適用してしまいます。
その結果、
- 探索が「管理業務」に変わり、
- 学習が止まる
という事態が起きます。

6. なぜ人は曖昧さを嫌うのか
曖昧さが必要だと分かっていても、多くの人は不安を感じます。
それは、
- 評価される基準が見えない
- 失敗したときの責任が怖い
- 正解がない状態に慣れていない
からです。
だからこそ重要なのは、曖昧さを個人に丸投げしないこと

曖昧さを許すなら、
- 評価の考え方
- 失敗の扱い方
- 学習の位置づけ
を組織として明確にする必要があります。
7. 管理すべきは「行動」ではなく「学習」
DXを動かす組織は、管理の対象が違います。
管理するのは、
- 行動量
- 進捗率
- 計画達成度
ではなく、
何を試し、何を学んだか です。
- 何を仮説として立てたか
- 何が分かったか
- 次にどう変えるか
ここが語られない限り、DXは単なる「作業」になります。

8. 曖昧さが、人を自律させる
設計された曖昧さがあると、現場では次の変化が起きます。
- 自分で考える
- 試してみる
- 振り返る
- 次を決める
つまり、自律的な学習回路 が回り始めます。
DXとは、この回路を組織に埋め込む活動です。

9. おわりに
DXを進めるうえで、最も難しいのは技術ではありません。
「全部決めない勇気」 です。
曖昧さを恐れて管理を強めるほど、組織は学ばなくなります。

次回は、「パーパスは掲げるな ― “使える”状態にせよ」 をテーマに、現場で機能するパーパスの条件を掘り下げます。


